神龍寺学院の体育祭は毎年10月、体育の日に行われる。
その中で部活動対抗リレーというものがある。
その名の通り部活動同士で争われるリレーだ。
部員が一丸となって戦う、部と部の意地をかけた魂のぶつかり合いである。
男子校な上に体育会系が多いので、毎年異様なまでにむさくるしく盛り上がるのだ。
今年もまたその季節がやってきた。


「二人三脚に決まったらしいぜ」
ゴクウが言った。
「二人三脚?まじっすか」
一休が目をパチパチとしばたかせた。
リレーの種目は毎年変わる。
障害物競走だったり、スプーン競争だったり、色々だ。
去年はたしか借り物競争だった。
サンゾーが「好きな人」と書かれた紙を持って雲水の元に一直線に走ったので皆大爆笑だった。
見た目より平和な学院である。


「問題は陸上部だな」
「あー。強敵揃いっすね」
「体力はうちと大差ないんだけどな」
ゴクウが首を捻ってぽきぽき鳴らす。
アメフト部は毎年大体上位に入るが、能力にバラつきがあるため
スピード勝負の種目になると優勝はなかなか難しいのだ。


「阿含でねえかな」 ゴクウがぼそりと言った。


「阿含さん?!それは無理でしょ」
一休が思わず声をあげた。
「お前と阿含が組んだら、いい線いきそうじゃん」
「確かに阿含さん鬼速いっすけど」
「ま、でないだろうな」
「そうっスね」
ゴクウが大げさに肩を上下させるので、一休は笑った。
すると背後で音がして部室の扉が開いた。
振り返ると、双子の片割れが立っていた。

「お疲れ」
「あ、おつかれっす」
「雲水、部対抗のリレー決まったぜ。二人三脚」
「へえ」
雲水がさほど驚いていないように目を丸くする。
「去年の借り物、サンゾーさんすごかったスねー」
「今年はまともなやつで良かったな」
「まったくだ」
2人でからかうように言うと雲水が笑った。
「あ。雲水、お前サンゾーと出たら?」
「サンゾーと?」
えっと雲水が反応した。
「あ、そうっすね。身長も近いし」
「3年から出すのは2組だろ。俺と一休、お前とサンゾー」
「サンゾーさん喜びますね!」
二人三脚 か。
雲水は首の後ろを掻いた。


幼い頃、阿含と町内の運動会で二人三脚に出たことがある。
急に言われたので、何の準備も練習もしていなかった。
双子だから注目されてやたら緊張した。
走り出すと阿含の速さについていけず、案の定すっころんだ。
膝をすりむいてちくちく痛かったのを覚えている。
「てめーのせいだハゲ」
巻き添えをくった弟はぷりぷり怒っていた。


なつかしいな。
自然と口端があがった。


「雲水さん?どうしたんすか」
「いや。なんでもない」


笑みを浮かべたまま言うと、一休が不思議そうな顔になった。





翌日の昼休み。
一休が食堂にいくと、珍しく双子がいた。
2人並んで長机の前に座っている。
阿含が携帯をいじってる横で、雲水がご飯をもぐもぐ頬張っている。
一休は昼食の乗ったトレイを持って2人に歩み寄った。


「阿含さん、久しぶりっす」
「よお」


近づくと、阿含が反応した。
校内で弟の姿をみるのは久しぶりだった。
一休は双子の正面に腰掛けた。
あ。一応言ってみようかな。
ふと思い立って口を開いた。


「阿含さん体育祭の二人三脚でませんか」
「は?なんて」
「二人三脚。部活対抗リレーっす」
「あー?やなこった」
でるわけねーだろ、阿含が鼻で笑った。
雲水は味噌汁をずずーと啜っている。
「やっぱ駄目スか。雲水さんは出るんですけど」
「あん?」
阿含が横に座る兄を見た。
雲水は漬物をぽりぽりかじっている。
「誰と出んだよ」
「ん?ああ。サンゾーと」
「はァ?」
途端に、阿含がくしゃっと顔を歪めた。
雲水は湯のみの茶をごくんと飲みほした。
眉を寄せて言った。


「漬物、辛いな」
「アホかてめーは」
「あ、俺も思った。辛いッスよね大根」
「おい」
「?なんだ」
「なんでてめーがでんだよ」
「なんでって」
雲水の目が丸くなった。
「出たらだめなのか」


「!阿含さんも出ましょうよ」


しめたと言わんばかりに一休は身を乗り出した。
彼は雲水が別の人間と組むのが気に入らない様子だ。
顔に面白くないと書いてある。
分かりやすい男である。
「阿含さんと雲水さんだったら無敵じゃないっすか!」
双子なんだし、という言葉は飲み込んだ。
「誰が出るかバーカ。」
しかし軽くあしらわれた。


一休は肩を落とした。やっぱり無理か。
彼らは目立つが、注目されるのが好きな訳ではない。
兄弟で二人三脚なんて確かに嫌だろう。
格好の見世物だ。自分だって嫌だ。
と思ったら、横から雲水が突然言った。


「いや、出よう」
「「  は?  」」


誰かと声が重なったと思ったら、阿含の声だった。
お互い魚のように口が半開きになっていた。





放課後になった。
グラウンドに出ると雲水が準備運動をしていた。
阿含はいなかった。
またどこかに遊びにいったのだろうか。
「おつかれっす。早いスね」
声をかけると雲水が振り向いた。
隣に立って自分もストレッチをする。


「雲水さん、クラスの種目は決まりました?」
「ああ。100メートルと騎馬戦」
「あ、騎馬戦俺もでます」
「学年種目だぞ?」
あ。そういえばそうだった。
苦笑した。


「にしても阿含さんがOKしてくれるなんて、鬼びっくりっスね」
雲水から言い出したのもかなり意外だったが。
「・・・そうだな。あいつも負けず嫌いだから」
「え。阿含さんも?」
「ああ」


雲水が小さく笑みを浮かべた。
いつもより柔らかい表情だ。
なにかを思い出しているのだろうか。
一休はしばらくその顔を見ていた。


高校3年生も秋。今年が最後の体育祭だ。
双子は、進路をどうするのだろう。
雲水は大学へ進学すると思うが、阿含は未定だと誰かから聞いた。
何校かはスカウトに来ていたが。
多分寮をでても、2人は一緒に暮らすのだろう。
アメフトも当然続けるだろう。
(・・・・・・・・)
(寂しいなぁ)
先のこととはいえ、何だかしょんぼりしてしまう。


「雲水さん」
「ん?」
「卒業しても時々遊びましょうね」
「なんだ急に」
口に出して言うと、雲水が驚いたように目を開いた。
「今まで通りってわけにはいかないじゃないスか、やっぱ」
「そうか?」
雲水が首を傾げる。
「そんな風に思わないけどな」
「そうですか」
「会えるよ」
雲水が語気を強めた。ような気がした。
一休の目を見て真っ直ぐに言った。


「いくらでも会える」
「・・・そうっスね!」


一休はにっこり笑顔をつくった。





2週間後、体育祭の日がやってきた。
グラウンドに現れた金剛阿含の姿に学院全体が息をのんだ。
彼は明らかな不機嫌オーラを全身に纏っていた。
「聞いてねえ」
「言った」
「いってねーよ」
雲水が怪訝な表情をつくる。


「部対抗リレーだぞ。部のユニフォームで走るのは当然だろ」
「どう考えても不利じゃねーか」
「安心しろ。ちゃんとハンデはある」
「あァ?ハンデ?」


聞きなれない言葉に阿含が眉を寄せる。
言い合う双子を一休はうしろで見ていた。
なんだかんだ言って仲いいんだよなぁ。


スタートラインに並ぶ双子に、グラウンド中の視線が注がれた。
この2人の二人三脚なんて、これを見逃したらもう一生見れないだろう。
一休の胸がじわじわ熱くなってきた。
試合前みたいな緊張だった。
拳を握りしめる。


雲水はヘルメットをかぶった。
スタート位置にハンデがあるとはいえ、この格好で二人三脚はかなりきつい。
だけど今度は失敗するわけにいかない。
神龍寺ナーガに、2度目はない。
弟と自分の足を手ぬぐいで強く結ぶ。


「雲水」
阿含ががしっと肩を組んできた。低い声で言う。
「転んだら、殺す」
なんだ覚えてるのか。物騒な奴だな。
しかし雲水は笑ってみせた。
弟の肩を組み返す。


「大丈夫だ。行こう」


天は高く、抜けるような青空だ。




fin.

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(08/09/15)

 

 

雷地さんから頂きました!
イメージは私の描く金剛兄弟だそうでッ…!!!うう!感無量です!!!涙
一休が2人を大好き!な感じが最高です。雲水のマイペースさと阿含のなんだかんだで雲水に従うあたりもいい…完璧です!
サンゾーが雲水のとこに一目散なのもすごくいい。もう可愛いなあーみんな!
この爽やかな流れに最高に癒されました。何度でも読む!
うわーありがとうございました!!!


雷地さんのHPはこちら!







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